大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)49号 判決

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件補正後の本件考案の要旨)、同3(本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告ら主張の本件審決の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第5号証(手続補正書)によれば、補正明細書には、本件補正後の本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1) 本件考案は、ポリウレタン二重底の安全靴に関する。(二頁一行ないし二行)

(2) 従来のゴム底及びポリウレタン底の安全靴の踵部には木質材が埋設されていた。このように木質材が入るとポリウレタン等の素材の節約にはなるが、踵にクッション性がなくなり、作業中に踵に衝撃が与えられることが多くなり、踵の骨を損傷する等の欠点があつた。

なお、従来も二層のスポンジゴム層、二層の発泡ポリウレタン底よりなる履物底又は靴の提案はされていた。しかしながら、前者は、軟硬二層のスポンジゴム底を示すにとどまり、踵部の大部分を軟質のスポンジゴム底とした等の記載は何もなく、後者も、踵部の大部分を軟質の高い発泡率のポリウレタンで構成したという記載は何もなく、両者とも踵の骨の損傷を防止することはできないものであつたし、いずれも安全靴ではなかつた。

本件考案は、踵の骨の損傷防止を目的とした安全靴を提供しようとするものである。(二頁四行ないし三頁一四行)

(3) 本件考案は、上記課題を解決するため、実用新案登録請求の範囲(一頁六行ないし一八行)記載の構成を採用した。

(4) 本件考案は、上記構成を採用することにより、踵部はクッション性に富み、踵の骨の損傷防止を図ることができ、また甲皮下部周縁とポリウレタン底との剥離防止効果と、ここからの水の浸入防止を図ることができる。(四頁一六行ないし一九行)

2  そこで、原告ら主張の要旨変更に関する認定判断の誤りについて検討するに、実用新案登録出願における明細書等の補正と要旨変更については、実用新案法九条が準用する特許法四〇条ないし四一条に規定されており、その四一条は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前になされた要旨変更の判断基準について、「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす」と規定している。

この四一条の趣旨は、出願当初の明細書及び図面の記載に基づき、発明(実用新案の場合は考案)の技術的課題、構成及び作用効果を検討して特許請求の範囲(実用新案の場合は実用新案登録請求の範囲)に記載された技術的事項を客観的に把握し、これを補正内容と対比し、認定判断すべきであるとするものと解される。

3  本件において、当初明細書の内容をみるに、成立に争いのない甲第2号証(実用新案登録願及び添付の明細書及び図面)によれば、当初明細書には、当初考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1) 本件考案は、ポリウレタン二重底の安全靴に関する。(一頁一〇行ないし一一行)

(2) 従来のゴム底及びポリウレタン底の安全靴の踵には木質が埋設されていた。木質が入るとポリウレタン等の素材の節約にはなるが、踵にクッション性がなくなり、作業中に踵に衝撃が与えられることが多くなり、踵の骨を損傷する等の欠点があつた。

本件考案は、従来の安全靴における踵が硬いことにより踵の骨が損傷する等の問題点を解決しようとするものである。(一頁一三行ないし二頁四行)

(3) このため、本件考案は、「安全靴において、踵を含む表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底とし、その内側の中底までの空間に高い発泡率のポリウレタンを充填してなることを特徴とする安全靴」(一頁四行ないし七行)の構成を採用した。

4(1) 以上によれば、当初明細書に記載された考案も、本件補正後の考案も、その技術的課題とするところは、踵部の衝撃を緩和し、踵の骨の損傷を防ぐ等を目的とするもので、同一であることが認められる。

(2) そして、構成については、当初明細書に記載された実用新案登録請求の範囲には、補正明細書のそれに記載された「甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなる」との文言そのものの記載はないことが認められる。

しかしながら、前掲甲第2号証によれば、当初明細書の考案の詳細な説明には、「本考案の実施例を図面について説明すると、図面は本考案の一実施例を示し」(当初明細書二頁一八行、一九行)と記載され、この記載に基づいて、当初図面を検討すると、図面左端の踵部の甲皮1の下部には、外面の低い発泡率のポリウレタン底6の上部よりも上方に、ポリウレタン底6の後側と甲皮1の後方下部の隙間からポリウレタン7の一部が細断面形状部となつて突出している点が明瞭に示されており、同様の構造は、図面の右端にも、爪先下部に釣り込まれてなる甲皮1とポリウレタン底6との間をぬつて、ポリウレタン底6上部よりもさらに上方にポリウレタン7の一部が突出してなる細断面形状部が明白に記載されていることが認められる。

この図面においては、安全靴の両側面の外観、断面等の記載はないが、こ図面が安全靴の断面側面図であり、靴の持つ通常の構成からみて、当業者であれば、上記細断面形状部のものは、安全靴の踵部及び爪先部から両側面の周方向の長さにわたつて形成されていると理解するものと認められる。

そして、前掲甲第2号証によれば、前記実施例のものの構成については、「次いでこのポリウレタン底6と中底2の間の空間に、高い発泡率のポリウレタン7を注入して充填発泡させ、ポリウレタン底6と中底2及び裏布4と甲皮1の下部周縁を一体に成形固着する。」(三頁一〇行ないし一三行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、高い発泡率のポリウレタン7は、ポリウレタン底6と中底2の間の空間に注入された充填発泡するのであるから、甲皮1と低い発泡率のポリウレタン底6との間の隙間を埋めていき、表底外側の上周縁部より上方に自然に突出していくものと認められる。

この記載と上記図面の記載を合わせ考えれば、本件補正後の考案の構成の「甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなる」安全靴は、当初明細書及び図面に記載されている事項の範囲内であるとするのが相当である。

(3) 次に、薄シート状部の作用効果について検討する。

〈1〉 当初明細書には、前示(2)認定のように「次いでこのポリウレタン底6と中底2の間の空間に、高い発泡率のポリウレタン7を注入して充填発泡させ、ポリウレタン底6と中底2及び裏布4と甲皮1の下部周縁を一体に成形固着する。」ことが記載されている。

そうすると、必然的に「ポリウレタン底6とポリウレタン底7」は一体に形成され、かつ「ポリウレタン底6と中底2及び裏布4と甲皮1の下部周縁」がポリウレタン7で一体に成形固着されるものと認められる。そして、本件考案は、この「一体成形固着」作用を持つことによつて同時に剥離防止効果を有することは技術的にみて自明の事項である。

したがつて、当初明細書における「一体成形固着」という記載からして、剥離防止効果が示唆されているというべきである。

〈2〉 上記〈1〉の「一体成形固着」作用は、同時に水の浸入防止効果を有することは技術的に自明である。

したがつて、当初明細書における「一体成形固着」という記載からして、水の浸入防止効果も示唆されているというべきである。

このように、作用効果の点についても、当初明細書にその示唆があると認められる。

(4) 原告らは、本件において特に留意すべき点は、当初明細書に全く説明もなく、当初図面においてその符号すらない技術的事項が、本件補正後において考案の中核となつていることであり、このような補正が許されるとすれば、先願主義の理念に反する旨主張する。

しかしながら、本件において、薄シート状部という技術的事項は、前示(1)ないし(3)認定のように当初明細書及び図面に記載されていた事項の範囲内とみるのが相当であるから、この点を補正によつて明確化したことにつき、先願主義の理念に反するということはできない。

(5) 以上のとおり、本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものということはできないから、本件の実用新案登録出願が平成元年二月一七日にされたものとみなすことはできず、本件審決の認定判断に誤りはなく、したがつて、原告らの本件考案は実用新案法三条一項又は二項の規定により無効であるとの主張は、その前提において誤つているから、その点について判断することなく、本件実用新案を無効とすることはできないとした本件審決に判断の遺脱は存しない。

5  そうすると、原告らの本件審決の取消事由の主張は理由がない。

第三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例